SPECULATIVE FARMER
〜自分で育てたコメを食べない農家

デザイン思考は問題解決の手法としての絶対的な信頼の元に成り立っている。その深淵に存在するのはデザイナーの楽観的な未来観測である。
人間に忠誠を誓う「デザイン」は、果たして本当に人間を幸福にできるのだろうか。
デザイナーは本当に無数に存在する問題を解決できるのだろうか。
デザインの在り方を再考すべき段階に既に到達しているのかもしれない。

デザインが問題解決の手法であるならば、未来のデザイナーの活動領域は問題意識と問題の見方の共有にあるのではないかと考えた。デザイナーがこの世界に存在する全ての問題を解決できるならば、問題意識を共有する必要などないが、残念ながらデザイン思考が名を轟かせる今日においても、何処かで誰かが苦悩している。デザイン思考で解決できる問題は極一部であることにデザイナーは自覚しなければならない。デザインを用いて問題意識や問題に対する味方を共有する手法が存在することによって、デザインは前進するのではないかと考えた。

Speculative Farmerはモキュメンタリーである。モキュメンタリーとはMock + Documentaryのかばん語であり、一般には偽物のドキュメンタリーを指す。Mockという言葉は「コケにする」等の意味を有するが、プロダクトデザインの文脈では動作しない模型、コールドプロトタイプを指すことが多い。コールドプロトタイプが未来の製品を制作するための模型であるとするならば、モキュメンタリーは未来に制作されるドキュメンタリーの模型であると解釈し、映像を制作した。ドキュメンタリーが本質的に真実を捉えたものかどうか、或いはカメラが回ることによって映る人物はカメラを意識して行動せざるを得ないため本質的にノンフィクションとは言えないのではないか、といった議論は映像の世界では長く語られていることであるので言及しない。今回制作した映像は虚構である。

Speculative Farmerは遺伝子組換え種苗が普及した日本の地方都市を舞台にしている。就農支援やIターン支援などを活用し、都会で働いていたある若者が地方で農業を始める。かつて農業は10年従事してようやく一人前、といった職種であったが、この時代では誰でも容易に均一な作物を育てることができる。この若者は対農薬性を持つ遺伝子組換え種を手を汚さずに育て、その収穫物を出荷することで生活を成り立たせている。一方で自らの作物を口にせずオーガニック栽培されたコメをインターネットで注文している。

現実では、遺伝子組換えのコメは存在しない。現実では、アルゼンチンには自分で育てた遺伝子組換え作物を口にしない農家がいる。現実では、就農支援で地方に移住する若者はいる。現実では、私たちが口にする食品に遺伝子組換え作物のDNAが含まれている。
遺伝子組換え食品を口にすることは科学的に健康上問題がないとされている。三大宗教ではその解釈は同じ宗教であっても分かれて論争が続き、各宗教共に神は沈黙を貫いている。科学も一種の宗教と言えるとすれば科学は唯一、「安全である」という回答を示している。
しかし、科学の神の判断は歴史的に見て絶対的とは言えず、時代とともに更新され続けるものである。
遺伝子組換え食品が安全であるとする論文が遺伝子組換え種苗を生産する種苗会社の監修によるものであったとしても、少なくとも2018年においては、科学的に健康に影響がないことを証明されている。
今日も私も多分あなたも、未来を生きる子どもたちも、遺伝子組換え食品を笑顔で食べて過ごしている。


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